闇に生きるものだけに愛される、バジリスクの眼。
金色の眼。見目美しいそれは、
見た物全てを石と化してしまう、恐ろしい眼。
自分で自分を封印しつつも、彼はそれを持っていた。

大丈夫。大丈夫。
きっと、助かる。そう信じないとやってられない。

最も今の僕にそんな事を考える余裕はない。

ハティールは黒竜を真っ直ぐに睨みつけた―――――――

 

S c o l d . . .4

 

黒竜はハティールに気がついた。そして、その鋭く恐ろしい爪で、獲物を
捕らえようとする―――今夜の獲物は2匹。幸運だ。
爪が風を切った。今にも、ハティールのいる枝に食い込む―――

「逃げろッ!俺の事なんか、どうでも…いいからッ…」

黒竜の方腕に握り潰されそうになりながら、レモンバームは声を絞り出した。
かなりやばい。捕まれている胴体が、ちぎれんばかりに痛い。
でも、そんな場合じゃない…あいつが…あいつが、殺されてしまう…

意識が遠のきかけた時、レモンバームは異変に気がついた。

―――振り下ろされた黒竜の腕が、ハティールに届く前にピタッと止まってしまったのだ。

 

…届いて。届いて。
ハティールはただレモンバームの事だけを考えて、黒竜を睨み続けた…
黒竜の腕が止まった。石化は、効いている。
自分の腕が動かなくなった事に驚いた黒竜は、今度は首を乗り出して
歯でハティールを捕らえようとした。

…だが、その歯もすぐに硬直した。首も、動かなくなる。
混乱状態になった黒竜は、尚も攻撃を仕掛けようと足を振り上げる―――
だが、足も既に石と化していた。
飛び去ろうとした瞬間、翼もペキペキと音を立てて石化する。

黒竜の巨大な体が、どんどん冷たい石の灰色に染まっていく。
既に、動く術は無い。

 

―――――最後に、恐怖に慄いた目が、色と感情とを失う――――

 

「………やった……」

足からガクッと倒れ込んだ。頭が痛い。
でも、勝った。あの、黒竜に――――――――うめき声が聞こえた。

「レモンバーム!!!」

名前を呼んだ。すぐに目を包帯で覆い隠して、石と化した黒竜の腕を駆け上る。
途端、黒竜の体に亀裂が走った。

―――崩れる!!

「レモン…バーム…ッ!!」

凄まじい音を立てながら、黒竜の石像は崩れ始めた。

 

 
失われていく足場を風のように走り抜けながら、黒竜の腕に捕まれていた
レモンバームを奪取…とまで軽やかには行かなかった。
ほとんどレモンバームに体当たりするような状態で、近くの茂みに
2人一辺に倒れ込んだ。
まだ夜明けまでには時間があったが、植物達が大人しくなってきている。

「レモンバーム!だいじょうッ…」

ハティールはレモンバームが生きていた事に盛大に喜んだが、
彼の顔を見て心臓が止まりそうになった。
…確かにレモンバームは助かった。
だが、影響を受けたのだろう。―――右の眼球が、石化していた。
明るい赤茶色だった右目は、今や生気の無い灰色の塊だった。

途端に泣きたくなる。
……彼の両親をその能力で殺したのに。
彼まで、石化させてしまった―――
思わず、ハティールは自分を殴りつけた。

「おい、こら、やめろって」

…その手を、レモンバームが止めた。

「…ごめん。ごめんね。ごめん…なさい…ごめん…」

謝ってもどうにもならない。それは分かっているが、ハティールは謝罪した。
確かに黒竜から逃げ延びる事はできた。
それなのに、こんな結末は。こんな…。
本当に涙が出てきた。自分が嫌でたまらなくなる――

「いいよ、謝らなくて。良かったじゃないか、俺達2人とも無事だ!
あの黒竜を子供が倒したなんて、すごいじゃないか!」

レモンバームは無理矢理ハティールの顔を上げさせた。
…にっこり笑っている。勿論、石化した右目は動かなかったが。
それを見て、益々ハティールは涙を深めた。

「あーもう、しょうがねえなぁ…いいって言ってんだろ、目なんか片方
無くても生きていけるよ…」

「…僕が、…僕が君の両親を……それなのに、君までッ…」

レモンバームの表情が曇った。

「…いいじゃねぇか。俺はこうして生きてんだから…その…はっきり言って、
両親の事なんか覚えちゃいねえし。…ああ、もう、………俺まで、泣きたくなるだろ…」

石化していない左目から、涙が溢れた。
一緒にしゃがみ込んで、2人は気が済むまで泣き続けた――――

 

『…ごめんな』

ハティールは確かにレモンバームの口からそう言葉が漏れるのを聞いた。

 

 

夜は明けた。だが、まだ村へ続く門が開かれるには時間がある。
門の前まで移動して、じっと門が開くのを待っていた。まだ、村人は起きていないだろう。
ハティールにはその間をどうやって過ごしていいのかわからなかった。
レモンバームも喋らない。互いに押し黙っている。
…さっきの事があったばかりだ。何を言っていいものやら…
苦悩していると、レモンバームが口を開いた。

「…。お前、…ハティールだよなあ」

実に当たり前の質問だった。

「…そうだけど」

「誰がつけたんだ、その名前」

「……。村の人達が。北ハーネア語で、”憎悪”の意味だって」

村人を8人も殺した忌むべき存在。そんな事で、”憎悪”の名前がつけられた。
お世辞にもいい名前とは言えない。だが、ハティールは自分にぴったりな
名前だと思っていた。少なくとも、自分を戒める為には。
だが、彼は違う事を言った。

「…”憎悪”ぉ?…どーりで似合ってねぇわけだぜ……」

「え?…」

「俺があだ名つけてやるよ」

「………」

単純に驚いた。目を見開いて(と言っても包帯に隠れているが)レモンバームを
見つめた。彼はああでも無い、こうでも無い、とぶつぶつ呟きながら
ハティールのあだ名を考えていた。
やがて、彼は「よし、決まった!」と言って立ちあがった。

「バジル!」

「…え…」

「”バジル”だよ、決まった。お前のあだ名。何かの植物の名前だよ。いいだろ?」

「…………」

バジル。熱帯に生きる、光を好むハーブ。

「バジリスクとかけてさぁ…で、いいの?」

レモンバームは心配そうな目でハティールを覗きこんでいた。

 

「…。うん。有り難う……レモンバーム。」

 

それから2人、また押し黙ってしまった。
だんだん上ってくる朝日を、並んで寝っ転がって眺めながら。

レモンバームは悩んでいた。
バジルは9年前に自分の両親を殺した。どうしようもない事実。
今まで9年間、自分はバジルを苛め抜いて来た。忌み嫌っていた。
酷い仕打ちもしたし、あいつが存在しなければ…なんて、何度思ったか知れない。
でもバジルは自分を助けた。俺のせいでエーフバロットの森に落ちたにも関わらず。
黒竜を倒した。自分の右目が石化する結果になってしまったけど、
故意ではないし、元を辿れば俺の自業自得だ。
…底抜けに、優しい。ガラスみたいに、脆い。
あいつの名前は似合わないと思った。憎悪。憎悪なんて。
あだ名をつけた所で、今まで俺のした事の償いにはならない。
わかってる事だ。

――――――――――…けど。

ハティール…バジルの心の中では、思考がぐるぐる回っていた。
自分は9年前に、レモンバームの両親を殺した。それは変え様が無い。
赤子だったのだから自分では覚えていないし、望んだ殺人じゃない事は確かだ。
それでも自分はレモンバームの両親を殺していた。
それなのに、彼は自分を助けた。名前をつけてくれた。
長い事自分の面倒は自分で見ていき、愛情や友情を知らないハティールには、
今自分の中にある感情が何と言っていいのかわからなかった。
正確には、そう呼んでいいのかわからなかった。
あつかましいかもしれない。
迷惑かもしれない。
向こうはそうは思ってないかもしれない。

――――――――――…でも。

 

やがて、門が開いた。いつもより少し早い。レモンバームがいない事を
心配した村人が、早めに開けたのだろうと思う。

「…行くか」

「うん」

レモンバームは石化した顔の右半分に、服を破いて布を巻き付けた。
村に帰還した時に、バジルが責められない為だ。
2人揃って、駆け出した。

 

「…レモンバーム!!」

レモンバームを世話してくれていたリスの獣人のおばさんが、真っ先に
走り出してレモンバームに抱き付いて、涙を流した。
バジルことハティールは、遠慮がちに門の傍で立ち止まっていた。
やっぱり、村にとっては自分は忌むべき存在である。
今はレモンバームが無事に帰った事で、誰もハティールの事を気にしなかった。

―――やっぱり、僕とレモンバームは違う世界に住んでる。

「…おばさん、もういいよ…そんなに泣かないで、俺は無事だから」

バジルことハティールは、そのまま立ち去ろうとした。
感動の場に、自分はいるべきじゃない。ここにいたらリスのおばさんに、
”レモンバームに何をしたの”等と問い詰められるだけだろう…
慣れた事だけど、自分の思考回路が悲しい。

「わかったって、いいから…俺より、あいつを休ませてやってくれよ」

思わず振り返った。

「レモンバーム、何を言ってるの…あいつは」

「いいから」

レモンバームはリスのおばさんに支えられながら、体をバジルの方へ向き直した。
笑いかける。無邪気に。

 

 

 

「あいつは、… バジルは、友達だから」

 

 

 

 

 

 

…心が、一気にとけた気がした。

 

 

 

 

 

 

END


えー、そういう訳で、バジルとレモンバームの昔話でした。
三人称だったのにいきなり一人称で書いてたりまたいきなり三人称になったり
文が拙すぎて泣けてきますが、中1の時に初めて書いた小説なので許してあげてください。
さすがリアル中二病、半端ねえな!アホすぎる!

ハティール君のあだ名、バジルを考えてくれた友人ネオ氏にスペシャルサンクス。
バジルというあだ名の方が先に出たので、本名ハティールは私が「できるだけ似合わない
それっぽくない名前」と思ってつけました。笑。
わかる人はわかるでしょう、この小説の登場人物の名前は全部ハーブの名前です。
ディルとアニスもです。リスのおばさんはローズさんといいます(どうでもいいよ)
あ、そうそうディルとアニスは一応無事に帰還しています。

9歳って一体どんなもんなんだと結構困りました。私もン年前は9歳だったはずなんだが。

で、レモンバームとバジルが仲良くなったのでフェンネルが嫉妬する流れ。
ロッキー君は人間村生まれなのでまだ登場しません。いつか4人揃ってる話も書けるといいね。

ここまで読んでくれた人へ、ありがとうございました!