世界中のドラゴンの中でも最も恐ろしく、最も巨大で、全てを
根絶させそうな程の威厳を持つ、黒竜。

満月の逆光に照らされて、その体はより一層黒く輝き。
生き物を睨み殺せそうな、恐ろしい赤い色の目と。
サーベル程もある、長く鋭い牙と。

その全てを兼ね備えた黒竜が…

今、僕達の目の前に、…いる。

 

S c o l d . . .3

 

黒竜は、大きな目で小さな獣人2人を睨みつけながら、この世が
終わりそうな程恐ろしく、吠えた。
風で前髪が後ろに逆立った。

「……ど、…どうしよう………」

ハティールが呟くのが耳に入った。
やがて、ハティールはガクッと膝を地につき、茫然自失状態に
なってしまったように見えた。…震えている。

「こら、お前!ボーっとしてる場合じゃないだろ!」

俺はなんとかハティールに近づいて、叫ぶように呼びかけた。
こんな、こんな場面で、怖がってても何も始まらない。
…いやむしろ、何かしなければ、今度こそ死んでしまう!

それでもハティールはぼうっと空を見ていた。(包帯のせいでわからないけど)

勿論、もたもた逃げ遅れている獲物2匹を相手を、黒竜が放っておくわけはない。
首を降ろし、牙を剥いて…

「うわぁぁっ!!」

気がついたら、俺はハティールを抱えて走っていた。
無意識に、ただ無意識に。俺もこいつも、生き残らなけりゃ!
…しかし…

「痛ッ…!」

俺は足の痛みで、走り出してすぐにまた倒れこんでしまった。
同時に、抱えていたハティールは地面に投げ出された。
ハティールはようやく、目を覚ましたような様子をしていた。
…遅いんだよ、蛇野郎…!

 

しまった、僕とした事がボーっとしてる場合じゃ無かった!
レモンバームが膝をついて、痛そうに呻いている…

「っだ、大丈夫?!」

「へーきだよ、こんぐらい…それより、あいつを…!」

ハッ、と上を見た。森と村を繋ぐ門と同じぐらいはありそうな、巨大な竜が
のしのしと近づいてきて、もう目前まで迫っている!
僕はコクン、と頷くと、今度はすぐさまレモンバームをおぶって走り出した。
怖い。怖いけど、怯えてる場合じゃない!

黒竜は猛スピードで上空を飛びながら、僕らを追っていた。木のせいで僕達の
位置がよくわからないらしく、暴れている木々を殴り散らしながら。
恐ろしい、…恐ろしい、モンスターだ。
…僕も、他の生き物から見たなら、恐ろしいモンスターだけど。

「おいっ!こっちは門じゃないんだろ?!なんで…!」

レモンバームの声が背中から聞こえた。

「門の方におびき寄せちゃダメだよ!村の人たちまで、危険に晒される!」

 

なんてこった。9年間ホールバロットで暮らした俺よりも、9年間ホールバロットから
忌み嫌われたハティールの方が、村のことをよく考えている。

「じゃあ、どうすんだよ?!追い付かれたら殺されちまう…!」

「黒竜は、昼間は活動しない!朝になるまで、逃げるしかッ…」

と言っても、まだ日が昇るまでに5時間程はあった。どう考えても、無理だ。
冷や汗が、額から顎までつたっていった。

 

その後、40分は走りっぱなしで逃げ回っただろうか。

――――ドシャッ!!

足を滑らせて、ハティールは派手に転んだ。
俺も突然吹っ飛んで転んだ。

「はぁッ…はぁ、はぁ、はぁ…」

ハティールの息はかなり荒かった。
…当然だ、まだ9歳の子供が、5時間も逃げ回れる訳がない。
足は痛んだが、今度は俺が…!俺は、ハティールの服の後ろを
捕まえて、飛んで逃げようとした。

………が…

ドスン!

…黒竜が、真っ直ぐに俺達を見ていた。恐ろしいほどの、寒気がした。
とっさに走って逃げようとした…

…行き止まり。

ついに俺達は、追い詰められてしまった。

今しがた倒れたばかりのハティールが早くも立ち上がって、また俺を抱えて
走ろうとした。全身、びっしょりと汗で濡れている。

「こら、無理すんな!これ以上走ったら今度こそ…」

「じゃあどうしろって言うのさ!黒竜がッ…」

その時横から凄まじい衝撃が襲って、俺もハティールも暴れる木々に
ぶつかりながら地面に激突する形で放り出された。
幸い死んではいなかったけど、全身が、痛い…
…俺は、覚悟を決めた。
しょうがない。しょうがないんだ。これ以上走ったら、こいつは血を
流しすぎて死ぬかもしれない。子供心に、そんな気がした。
まだこいつには生きてて欲しい。
俺は今までした事を謝ってもいなければこんな事態に陥るハメになる
きっかけを作った張本人なのだ。…こいつが死んだら、俺のせいだ。

「…おい、今から、俺がアイツの回りを飛び回って囮になる。

…お前は…逃げろ…。」

「そっ…そんな事、できるわけないでしょ…?!死んじゃうよ!」

「俺は飛べるんだ。もしかしたら、森の外に黒竜を連れ出す事ができるかも…」

そんな事ができないのは、百も承知だった。エーフバロットは漠然と広い。
とても、負傷した幼い鳥の獣人が、森の端まで行きつけるはずがない。
途中で黒竜に捕まって、殺されるのが関の山だろう…
でも、月明かりのおかげで、目はまったく見えないわけじゃない。

「む、無理だよ…!ちょっと、…レモンバーム!!」

「早く逃げろ!」

僕が止める間もなく、レモンバームは飛び立ってしまった。
どうしよう…きっと、レモンバームは死んでしまう!
僕は不安と、悲しさに満ちた顔で、飛んでいくレモンバームを見つめた。

レモンバームはヨロヨロ飛び回りながら、黒竜の大きな爪の攻撃をかわしていた。
今は飛ぶことができていても、いずれ危ない。レモンバームは
僕の牙のせいで、足を怪我しているんだから…!

逃げろと言われたのに、僕は逃げずに、しかも黒竜とレモンバームを追っていた。

そうだ、…毒の牙!うまく黒竜の皮膚を破る事ができれば、毒で
黒竜をやっつけられるかもしれない…!
僕は走って、黒竜の巨大な足の皮膚に、飛び付こうとした…

――――ズザアッ!!

「うわぁぁぁっ!!」

辿り付く前に、黒竜が気づいて、大きな翼で掃われてしまった。

それに気がついたレモンバームが、僕に向かって叫ぶ…

「ばッ、馬鹿!逃げろって言ったろ!!」

「レモンバーム!!!」

 

次の瞬間。レモンバームは、黒竜の太い腕に、捕まえられていた。

 

 

 

ど、…どうしよう…!もう、レモンバームが殺されるのは時間の問題だ!
どうしかして、助けないと…!
恐怖で痺れた頭で、僕は必死に考えを巡らせる。

「このッ…この野郎!」

レモンバームは、どこに持っていたのか石をひとつ、黒竜の目を狙って投げた。
黒竜は一瞬だけ怯んだが、今にもレモンバームを食べそうな勢いだった。
…怒って、いる。

一体、どうすれば!そんな事考えている場合じゃないのに。今すぐにも、
レモンバームは殺されてしまうのに!
僕は彼の両親を殺してしまったのに。彼まで死なせてしまうなんて…
冗談じゃ、ない!

でも、方法が…!

方法…

…方、法…?

 

…あるじゃないか、僕にとっての、最終兵器が…

そう、視線を送る事で石化させる能力の持つ、…バジリスクの眼力。
それなら、黒竜は倒す事ができるだろう。

…でも…でも………。

頭の中で、声が響く。

『君は、その石化させる両眼で、レモンバームの両親を殺したんだよ?
黒竜を石化させるなら、彼も見る事になるだろう?
レモンバームまで、その両眼で殺してしまうつもりなの?』

うるさい。…うるさい。
もしかしたら、レモンバームは死なずに済むかもしれないでしょ…?!

『どうだろうね。彼は君を呪いながら、石と化す事だろう。』

考えているうちに、黒竜ががばっと口を開けた。

そんな、そんな事、躊躇してる場合じゃ…ない!!

「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっッ!!」

叫びながら、僕は黒竜の脇に生えてる木に猛スピードで翔け登り、

…目を覆う包帯を、…外した。

 

 

バジリスクの恐ろしく綺麗な金色の目が、露になった。

 

 

 

 

 

 

 

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