レアガイア歴、1259年、秋。
南ハーネア地方に位置する、獣人達の住まう村、『ホールバロット』で
ひとつの蛇の獣人の卵が発見された。蛇の獣人は爬虫類と
同じに自分の子供を育てない。おそらく置いていかれた卵なのだろう。

ホールバロットの心優しい獣人達は、その卵が孵るように
交代して暖め、孵化するのを楽しみに待った。

ところが、生まれてきたのはバジリスクの獣人。
眼力には物を石化する力を持ち、牙には猛毒を持つ、恐ろしい蛇の子。

生れ落ちたバジリスクの獣人は、大きな金色の瞳で、
先ずは孵化を見守っていたトナカイの獣人夫婦を。
その後ろにいたリスの兄弟を3人。
かけこんで来た鳥の獣人の夫婦を。
次期村長と期待されていた、狼の若者を。

生まれたての子供が、一晩に8人もの命を死に追いやった。
8人の石像が、生き返る事は無かった。

バジリスクの半獣は、当然ながら村人全員に忌み嫌われた。
やっとの事で目に包帯を巻き、眼力を阻止し、村の外れに放置された。
しかし彼はしぶとく生き残り、ずっと1人で生きた。
彼が村を歩けば村人達は容赦無く石を投げ、罵声を飛ばし、追いやった。

まだ、幼い子供の気持ちも、考えずに…。

 

 

S c o l d . . .

 

 

「あ痛っ」

どしゃっ、と派手に音を立てて、バジリスクの半獣…ハティールは尻餅をついた。
大きな木に正面衝突したのだ。

目を包帯で覆われていても、バジリスクのずば抜けた視力のおかげで、
前は見える…だが、気をつけていないとすぐ何かにぶつかってしまう。
ハティールは尻をさすりながら立ちあがり、また歩き始めた。

ハティール。名字は無い。忌み嫌われながらも、なんとか9年間生きてきた、
バジリスクの獣人。たまに畑に盗みに行ったり、動物を狩ったりして
食料を調達している。それでも満足な食事は取った事が無いため、彼の
体はガリガリに痩せていた。男の子なのに、身長もあまり無い。

今日も彼は、村人の畑から大根を一本頂戴し、さっき森で見付けた
うさぎの死体というメニューで、遅い昼食を食べようとしていた。

ところが、畑に侵入しようとした所で、横っ面に激しい衝撃を受けた。
僕はいきなりの事にビックリして、横様に倒れた。

一瞬何が起きたのか、僕にはよくわからなかったけど、立ち上がって
前を見た。何者かに叩かれた右頬が、ヒリヒリしている。

ハティールの頬を張ったのは、…ホールバロットの子供。
鳥の獣人の、レモンバームだった。涙を、浮かべている。

レモンバーム・レビティア。鳥の獣人の男の子で、ハティールと同い年。
彼には、小さい頃からよくいじめられたりしたっけ…
当たり前だと思う。僕…ハティールは、生まれた瞬間に8人の人を石に
しちゃって…その中に、彼の両親が含まれていたんだから。

「…人殺し…」

レモンバームは目に涙を浮かべながら、ポソリと言った。

そんな事を言われても、本当に胸が痛むだけで、困る。…なんたって、
僕はレモンバームの両親を殺した張本人で、僕はそれを知っていて、罪の意識は
抱え切れない程持ってて。
でも、僕は何も言わなかった。レモンバームのする事は、僕にさらなる罪の意識を
植え付けるけど、気持ちはよくわかるから。

こういう時は、相手が殴りたいだけ殴らせるに限っていた。僕は、
突っ立ったまま動かなかった。そのおかげで、僕の身体はガリガリに
痩せてる上、アザだらけだった。

ところが、レモンバームはそのままどこかに行ってしまった。

「…なんだったのかなぁ」

 

翌日。夕食を狩りに行こうとしていたハティールは、村のそばを通り抜ける
際に、獣人達の噂話を聞いた。
僕が出てったら、多分罵声を飛ばされて追い出されるだけだろうから、
勿論、木の影からそっと。

「南東の森に住んでいた黒竜が、最近復活したらしいぞ…」

「本当か?!やっとの事で倒したと思ったのに…」

「…ディルとアニスの帰りが遅いな。まさか、黒龍に…」

「馬鹿、縁起でもない事言うなよ」

「30分待って、二人が帰らなかったら…念のため、門を閉めよう」

黒竜。毒の息を吐き、世界獣の竜の中で最も大きな体を持つ…
そんな事より、あと30分で門が閉められてしまうのは困った。門っていうのは
ホールバロットと、獣人達の主な狩り場である南東の森『エーフバロット』を
繋ぐ門で、エーフバロットは昼間はいい狩り場だけど、夜になると
暴れ出すという恐ろしい森だった。夜の間に暴れ出した森が村に被害を
及ぼさないように、大きな門で塞ぐというわけだ。

僕の食料調達場所もエーフバロットだった。しまったなぁ、あと30分で夕飯を
掴まなきゃいけないのか。下手したら何も食べられないかもしれない。
僕は急いで門の入り口まで走った。

 

「…ふう。」

狩らなくても、タイムリミットが来る前に、なんとか死んだタヌキを
拾う事ができた。なんとか飢えは凌げるかなぁ…

そんな事を思いながら、僕は門に向かった。さっさと出ないと。多分、もう
3分ぐらいで閉めちゃうだろうから。ディルさんとアニスさん…だっけ、
帰ってきたのかなぁ…

黒竜の活動時間は、だいたい夜に限られていたので、森が暴れ出す時に
一緒に暴れている訳か。怖いなぁ、村まで来なければいいけど。
歩いているうちに、空がどんどん暗くなってきた。もうすぐ夜だ。

色々と考えながら、門に向かい、門が目前まで来た時。

突然、首根っこをを掴まれる感覚で、僕は上に持ち上げられた。
…持ち上げられたんじゃない。飛んでる?!

「痛っ…!な、何?!」

とりあえず、僕は服の後ろを何かに掴まれて、そのまま上に引っ張られて
飛んでいるという事は理解できた。…でも、そんな事ができるのは
翼を持っている生物に限る。まさか、黒竜が…?!

ところが、僕の耳に入ったのは、聞きなれた人物の声だった。

 

「二度と帰れないようにしてやる」

 

…鳥の獣人、レモンバームが僕の服を足で掴んで、飛んでいた。

僕は呆然として、何も言えなかった。
でも、もしこのまんま身を預けていたら、森のどこかに落とされて、…
そのまま夜になってしまったら、

 

絶大な恐怖が、僕の体を走り抜けた。

 

 

気がついたら僕は、レモンバームの足を掴んで、

…彼の足に、がぶりと噛みついていた。

 

 

 

 

NEXT